手放した先に、いまがある | Part 1: 他者から始まる眼差し

日本で生まれ育ち、現在はフランスを拠点に活動するアートディレクター兼コンテンツクリエイター、Atau。

SNSでは独自のキャラクター、モニークに扮してコミカルなカルチャーコンテンツを発信するにとどまらず、鋭い社会批評やハッと気づかされるメッセージも届けている。一方で、本人は「引きこもりがち」で、休日は寝転がりながらスマートフォンを眺め、ピアノを弾いて過ごすという。

外から見える姿と、家の中で過ごす姿。

誰かを自分の世界へ招待するとしたら ──。

その問いに対して彼が最初に考えたのは、「自分が何を見せたいか」ではなく、「その人は何を見たいのか」だった。

まず、自分ではなく相手を見る

Atauは、大学でデザインを専攻し、大学院でアートディレクションを学んだ。「アーティストっていうのは自分の好きなように作りますが、デザイン志向だと、まず先にクライアントの問題や要望があって、そこから作り始めるものなので、あくまでその解決策を提案する側なんです」。その言葉どおり、彼の思考は常に自分ではなく相手から出発する。

「誰かを自分の世界に一日だけ招待するとしたら、最初にどこへ連れていくか」と聞かれたとき、彼がまず考えたのは、自分が何を見せたいかではなく、相手が何を見たいのか、なぜ自分の世界に来ようと思ったのかということだった。道でばったり出会った人であっても、自分のことを先に話すよりも、まず相手のことを聞く側に回る。それが、彼にとって自然なアプローチなのだ。

動いている時間に浮かぶもの。

Atauは自分を「引きこもりがち」だと表現する。忙しさもあるが、それ以上に、もともとの性質としてそうなのだと言う。「外に出るのが億劫で、でも(外に)出てしまえば好きなんですけど、出るまでが大変なんですよね」。家にいるときは、ゴロゴロしながらスマートフォンをスクロールしたり、ピアノを弾いたり、疲れて眠くなったら寝て、お腹が空いたら食べて過ごす。Netflixのようなサブスクリプションには加入しておらず、契約しているのはApple Musicだけ。映画や読書が得意ではなく、長いコンテンツに集中し続けるのは苦手だと明かす。

そんな彼にアイデアが降りてくるのは、じっとしているときではない。シャワーを浴びているときや、外を歩いているとき、体が動いている瞬間にふとひらめきが訪れる。思いついたことはすぐにiPhoneのメモに書き留め、後からそれらをつなぎ合わせてコンテンツにしていく。静けさの中で待つのではなく、動きの中で拾い上げる。それが、自然と見つけた彼の創作リズムだ。

マイノリティので、自分を見る。

日本から海外へ出て、マイノリティになったことでかえって自由に振る舞えるようになると感じる人も多い。しかしAtauの実感は逆だった。フランスにいるとき、日本にいるときよりも自由に振る舞えないと感じることがあるという。

その理由を、彼はこう説明する。フランスでは、アジア人であるというだけですでにマイノリティの立場にある。そこからさらに人と違う行動をとることには、大きなプレッシャーが伴う。一方、日本にいるときは自分がマジョリティの中にいるからこそ、そこから少しずれることへの心理的なハードルが相対的に低いのだという。

横須賀で育った彼は、米軍基地が身近にある土地で、他の地域よりも「支配されている国」という感覚を強く持っていたかもしれないと振り返る。日本には「名誉白人」という言葉に象徴されるような、かつて西洋に合わせて他のアジア諸国を植民地化した歴史的な自意識が今も残っていると思う ── 彼はそう指摘する。自分自身の中にも、「白人の目線を通して自分を見つめてる」感覚があったことを、彼は率直に認める。

フランスに来て9年間、日本人コミュニティとはほとんど関わらずにいた。だが一昨年、初めて食事会に参加してみたところ、「意外と悪くなかった」のだという。異文化に馴染みたいという気持ちの奥には、「差別主義者ではないつもりでも、マイノリティがマイノリティを差別してしまうメカニズムがある」という気づきもあった。人種でも性的指向でも起こりうることだと彼は言う。あえて日本人と距離を置いていた時期にも、全く同じではないが、どこか重なるものがあったのかもしれない。一つの小さな戸惑いの奥に、もっと大きな構造を見出す。個人的な迷いも、彼の目を通れば、社会の縮図になる。

Part 2: スタンダードは、誰が決めたのか」へつづく…

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